康綺堂の本読み備忘録

読んだ本の感想や探偵小説の考察等のブログです。

『蛭川博士』を読了したら……

大下宇陀児『蛭川博士』横溝正史『傘の中の女』のトリックに触れています。

論創社版『大下宇陀児探偵小説選 Ⅰ 』を読了した。一番の目玉はなんといっても長編『蛭川博士』だろう。江戸川乱歩のエッセイや中島河太郎の解説で題名は何度も目にしてきたが、実際に読むのは、実はこれが初めて。
戦前期における長編探偵小説の代表作の一つ、というイメージがあったが、成る程面白い。確かに当時と現代との感覚的なギャップで「???」となる部分も多々あったし、唐突な展開にギョッとさせられたものだが、次から次へと、いつの間にか主人公・桐山ジュアンの活躍に魅せられてページを捲るのももどかしくなるくらいだった。

さて、『蛭川博士』は連続殺人ものなので、様々な事件とトリックが登場する。その一番最初の方で起きる事件について、「なんかどこかで見たような?」という疑問が浮かんだ。海水浴場が現場、ビーチパラソルの下、男女の話し声、パラソルから出てきた謎の男、殺人事件の発覚……。そして終盤、全ての謎が解けた時、この疑問も氷解した。

そう、横溝正史金田一耕助シリーズの短編「傘の中の女」だ。
真犯人の性別や犯行の動機などはもちろん異なるし、『蛭川博士』においては、最初の事件なので登場人物たちの様々な思惑がここから更に入り乱れていくのだが「視覚と聴覚の誤認錯覚を利用した一人二役トリック」がまさか戦前と戦後の世代をまたぎ、作者独特のアレンジを加えたうえで、まるでオマージュのごとく青天の海浜で繰り広げられようとは!
大下宇陀児作品と横溝正史作品については、以前Twitterで「偽悪病患者」と「車井戸はなぜ軋る」の関連性についてご指摘をいただいていたが……。
両作をじっくり比較検討しなおして、トリックの系譜がどのように受け継がれていったか改良されていったかを検証したいところ。

なお、論創ミステリ叢書版の巻末解説には『蛭川博士』は同時期に発表された江戸川乱歩のある代表作に対しても影響を与えたのではないかとの指摘が出ていた。

『蛭川博士』が日本探偵小説界にもたらした影響、今後更に見つめていきたい。