康綺堂の本読み備忘録

読んだ本の感想や探偵小説の考察等のブログです。

『犬神家』の場所の話

※『犬神家の一族』の真相に微妙に触れています。

舞台版の公演間近、さらに新たなドラマ版の放送決定とますます注目が集まる横溝正史の『犬神家の一族』。原作を改めて再読すると、いやはや、やっぱり面白い。

さて、この犬神家について、前回は原作中の「時期」について書いたが、今回は場所……事件現場となった「信州那須市」ではなく、佐清や謎の復員姿の男が帰還してきた「ビルマ」と復員先の「博多」……について少し考えを述べたい。これも「金田一耕助自由研究Vol3」に投稿した際、考えがまとまらず割愛した話題だ。このテーマについては横溝の他の作品や同時期の他作家の作品等と比較したりとあれこれ考えが更に浮かんでくるのだが、今回は深く触れずに、簡潔に。

原作や映像化作品を読んだり見たりする中で時折疑問に思うのが「なぜビルマと博多を選んだか」ということだ。これについては前回で少し触れたが、「南方」「九州」などぼかした表現ではなくハッキリと地名を明らかにしたのは、やはり「ミステリとしての効果・フェアさ」つまり「事件現場から遠く離れた場所に設定することで、関係者ひいては読者の意表を突いた状態を展開する為」ということなのだろう。
ビルマから博多へ上陸した二人の復員兵」という点からの推理の為のヒント(身元の照会とか)が必要なので尚更だ。

場所のセレクトの点では、やはり疎開先や帰京後に見聞きしたことが情報の抽斗に蓄積されてきた結果なのだろう。
『真説 金田一耕助』『金田一耕助のモノローグ』などのエッセイに曰く、終戦後、疎開先には復員してきた人々が続々と帰郷してきており、横溝正史とも交流があったようだ。それらの人々の中でも『本陣殺人事件』のヒントになった「琴の怪談」の藤田嘉文氏、「コントラバスケース」の話が『蝶々殺人事件』に繋がった石川淳一氏は特に知られている。
交流の中で、探偵小説の話題だけではなく、戦地や戦後の復員についてのことにも話が及んだことは想像に難くはない。新聞・ラジオ等の他、こういった日常の会話の中から得られた情報が、作品の奥行きを広げる構想に繋げていったのではないかと推察するのである。

千金も近い。これからの季節、色々と思いを馳せながら原作や過去の映像作品に触れていきたい。





ところで、ビルマと聞くと竹山道雄の『ビルマの竪琴』を連想する。『犬神家の一族』とは、同じ監督によって二度映画化されたという共通点があるのだが、原作の方ではどうか。

新潮文庫版(参考にしたのは平成6年12月5日付84刷版)の解説に曰く、原作は昭和22年~23年に「赤とんぼ」誌にて連載され、単行本は昭和23年に刊行されたという。『犬神家の一族』の執筆より前である。
同書には原作者竹山道雄の回想「ビルマの竪琴ができるまで」も収録されているが、構想がある程度決まった後の工夫について興味深い一文を見つけた。確かに、言われてみればあの展開は……いやいや、待て落ち着け……と慌てているうちに、千街晶之氏が「ジャーロ」誌(Vol17。2004年秋号)に『犬神家の一族』と戦争の関係について評論を書いてたけどあれと坂口安吾のあれや「金田一耕助完全捜査読本」の記述と合わせて……と更に妄想、もとい考察が拡大しはじめた。

無理に本稿にねじ込むと確実に話が脱線してややこしくなるので、落ち着いてから書き出してみようと思う。さて、来る11月24日の千金でそれが少しでも御披露目出来るか……うむむ。