康綺堂の本読み備忘録

読んだ本の感想や探偵小説の考察等のブログです。

中井英夫と聞いたらば

極めて個人的な感慨をダラダラと述べています。



中井英夫」の名を聞いていつも思い浮かべるキーワードが「新青年」と「インフルエンザ」の二つである。

まず、「新青年」について。

中井英夫が戦前の雑誌「新青年」を蒐集していたことは彼自身のエッセイ等(私が読んだのは創元ライブラリ版「中井英夫全集」第6巻収録のものだった)に書いている。

元々久生十蘭の作品が読みたくて「新青年」誌のバックナンバーを古本屋で求めており(「金貨について」より)、
その過程で、検閲による削除処分を受ける直前の横溝正史の「鬼火」が掲載された号を偶然手に入れ、それが最終的に桃源社からの「完全版」刊行に繋がった(「廃園にて」より)……という実に奇跡的なエピソードが有名(多分)なのだが、
これは、Twitterでも呟いた気がするし、今年の千金意見交換会でのカルタ大会でも話した気がする。

そういえば中井英夫創元推理文庫版「日本探偵小説全集」第6巻に「塔晶夫」名義で寄せた巻末解説は、小栗虫太郎作品の魅力を、これまた「新青年」そのものの魅力(特に小栗のデビュー作品「完全犯罪」が掲載された号の表紙や巻頭特集、掲載作品と挿絵、さらには掲載広告にいたるまで!)と共に書かれていた。
これを読んで「せめて一冊は「新青年」誌を、特に小栗虫太郎の「完全犯罪」が載った号を手に入れたいな」と改めて切望したのも懐かしい。


もう一つは「インフルエンザ」

中井英夫とインフルエンザ?と戸惑う方もおられるかもしれない。
実はこれも個人的な話で、中井英夫の代表作『虚無への供物』を初めて読んだ時のことの話である。

その時私はインフルエンザに罹患してしまい、経過後の小康状態にあった。
少しばかり元気が戻ってきていた時期に読んだのが、この『虚無への供物』だった。

読み進めるうちに、探偵役の一人「奈々村久生」がインフルエンザにかかって寝込んでしまう場面に出くわした。勝ち気な台詞をひととおり述べたうえで「アリョーシャ」こと「光田亜利夫」に捜査を頼むのシーンなのだが、これが非常に印象的だった。

元々この作品は、実在の事件をテーマの一つにし、登場人物たちが実在する書籍等を援用して推理を試みる場面がいくつも見られる。
それを目の当たりにしたうえで、この場面は妙に衝撃的だった。今読んでいる小説の探偵役が、今この小説を読んでいる自分と同じインフルエンザで寝込んでいる!虚構と現実の偶然の一致といえばそれまでだが、非常に奇妙な感覚へ更に陥ったのであった。

初読からしばらく立った。真相解明後の「告発」に衝撃を受けたあれから、様々な物差しを持つようになった今の私の目に『虚無への供物』はどう映るのか。読後どのような感想を抱くのか。興味があるのだが、少し、こわい気もする。



本日12月10日は中井英夫の命日である「黒鳥忌」であり『虚無への供物』の物語が開幕した日。