康綺堂の本読み備忘録

読んだ本の感想や探偵小説の考察等のブログです。

「押絵の奇蹟」から横溝作品へ

※※※夢野久作「押絵の奇蹟」横溝正史「面影双紙」「蠟人」の重要な部分に触れています※※※

 

 

 

 

 

以前、夢野久作「押絵の奇蹟」と横溝正史「孔雀屏風」『八つ墓村』の共通点、影響の具合について考察を試みたことがあったが、その後、他の人に教えていただいたり、再読を進めるうちに思うこともあったので、簡単にまとめてみることにする。

 

①「面影双紙」

昭和7年発表。大阪の薬問屋の主人「R・O」が、友人であり聞き手である「私」に自身の少年時代に起きた両親を巡る出来事について語る、というのが大体のすじだ。

謹厳実直な父と派手好きの母、母の不倫相手らしい歌舞伎役者、ある日行方不明になった父と突然届いた骸骨模型、自身と歌舞伎役者との容姿の酷似……と「押絵の奇蹟」に通じる要素もあるが、一番の特徴は「方言まじりの語り口」だろう。

初期の短編「災難」ほどでないが、「面影双紙」も方言と標準語が程良く混ざり合った語りで、それが親子の血の繋がりの因縁話を妖しく彩っている。

「押絵の奇蹟」も江戸川乱歩が指摘したように博多の方言と主人公・トシ子による書簡体の語りが巧みに描かれ、淡いノスタルジアを醸し出しているといえよう。

 

②「蠟人」

昭和十一年発表。

主人公の珊瑚と美青年騎手・今朝治、珊瑚の「旦那」である繭買いの山惣の三人が辿った悲恋の物語。

題名にある「蠟人」は終盤で重要な役割を担う、今朝治に瓜二つの蠟人形のこと。酒の酔いと嫉妬に狂った山惣が、暗がりの中でかざした蝋燭の明かりのなかにその幻影が浮かぶ様は、いつ読んでも凄まじい妖気のようなものを感じざるを得ない。

珊瑚と今朝治は山惣の目を盗んで会瀬を重ねるが、いわゆる「体の関係」はなかったと明言されている。さらに今朝治は山惣に謀られ、男性としての能力を奪われてしまう。ここで気になるのが序盤の、珊瑚と今朝治が初めて出会う場面の最後

 

「なにゆえか珊瑚の瞳のなかに強く残ったらしいのでした」(ちくま文庫版『怪奇探偵小説傑作選2  横溝正史集』199ページ)

 

という一文だ。この後、病の為視力を失った珊瑚が産んだ子どもの容貌が、今朝治に瓜二つという展開があり「押絵の奇蹟」のテーマでもあった「母親の印象に強く残った容貌が自らの子に受け継がれる」という点に共通するものがある。

 

 

「押絵の奇蹟」は作中でも言及される『南総里見八犬伝』と「阿古屋の琴責め」がモチーフの源流であり、幼少期から芝居等を愛好した横溝正史も同じ似たような構想を得るのも不思議ではない。

しかしながら、同じモチーフを、両作家がどう描いたかを改めて見直すことは、新たな発見と作品への愛着に繋がるのではないか。

 

この点、今後ももう少し詰めてみたい。

 

※参考文献

夢野久作全集』第3巻(ちくま文庫)

『怪奇探偵小説傑作選2  横溝正史集』(ちくま文庫)