康綺堂の本読み備忘録

読んだ本の感想や探偵小説の考察等のブログです。

個人的『幽霊男』メモ

※※※横溝正史『幽霊男』「一週間」ピエール・スヴェストル/マルセル・アラン原作『ファントマアガサ・クリスティーABC殺人事件』についてネタバレしています※※※

 

 

 

 

去る24日に横溝オンライン読書会が行われた。お題は『幽霊男』である。開催に先立ち、この作品を改めて再読したのだが、色々思うところがあった。その件について漫然とだが、自分なりに書き出してみたい。

 

 

遺体を「芸術」と称して残忍な形で晒しものにされる、人形職人やマダムXに吸血画家と怪しい人々のオンパレード、広告塔の利用等犯行予告、ボーイに変装して調査にあたる名探偵……横溝正史『幽霊男』のイメージといえばこんな所だろうか。

この作品を初めて読んだのは確か中学2年から3年に上がる春休みだったと思う。

読んでいた当時の天気も合間ってか、ドロドロで怪しい、ミステリよりもオトナなエログロスリラー劇という印象が強かった。

 

今回再読した際に思ったのは、怪人モノの色が濃い目ながらも、キチンキチンと伏線やヒントが所々に張ってあるなということだ。例えば、菊池には奥さんに出ていかれた過去がある等のヒントがさらりと序盤に書かれていたり。女の子をからかい、注意しようとした男を怯ませた幽霊男だが実はこの時に……というような。……事件発生の時間経過や人物の行動の機敏さ等は確かに引っ掛かったが……

また連続猟奇殺人に対して動機を云々することの無力さ、殺人が目の前で起きるのを見てみたいという野次馬心理等、ドキリとさせられる一文が横溝正史一流の文章表現で書き記されているのも印象的であった。

 

通俗スリラーな展開の本作だが、探偵小説としてのトリックやプロットの面では真犯人の動機(真犯人である菊池としては「自分を捨てた妻」と「その妻を恋人とした同じ倶楽部の仲間」への「復讐」が最終目標である。新聞記者・建部健三の「幽霊男による騒動をでっち上げて特ダネ記事を得る」計画を見抜いて自身の隠れ蓑として利用し、絶対安全圏の中から殺人を次々におかす……)を考慮すると本作の構成にあたってはある種の「ABCテーマ」の応用が念頭にあったのではないかとも思えるが、ちょっと……いや、私の勘違いか……?

 

幽霊男の犯行としては、

・ホテルでの事件における「現場で「何かを見たから」殺されたのではなく「何も見なかったから」殺された」という真相

・蝋人形を劇場に運び込む手口(混乱に乗じて金田一耕助や大勢の人々の目の前で大胆に堂々とやる)

の二点が非常に印象的であった。単純といえば単純だが、最初は見抜けず読み返してから「アッ」と驚かされる盲点系が個人的好みだからかもしれない。

 

上述の、建部健三の特ダネでっち上げ計画は、横溝正史による戦前ノンシリーズ短編「一週間」を彷彿とさせる。

事件をでっち上げて特ダネ記事を得る計画を実行するが事態が深刻化し「自分の計画に呪われる」展開……。

「一週間」は場末の新聞社の起死回生策として主人公は心中事件の生き残りである知人に偽装殺人を吹き込むのだが……という展開だった。こちらは、その協力者だったはずの知人に裏切られる展開だったはずだ。

「一週間」は「記者同士の友情」というラストに一抹の救いがあるが、『幽霊男』は何とも言いがたい悲哀と情けなさを感じさせる。

 

その「幽霊男」の産みの親たる建部健三曰く、「幽霊男」という名は小説『ファントマ』をもじったものだという。(実際に読んだとすると、年代からし久生十蘭の翻訳版だろうか。)ファントマとはフランス語で「幽霊」を意味するそうな。

謎の怪人が次々と事件を起こし、探偵を出し抜きながらそれはエスカレートして街の人々を恐怖に陥れる……『ファントマ』自体『ジゴマ』や『アルセーヌ・ルパン』らと共に大衆向け小説のダークヒーローの源流ともいえる存在なので、横溝正史もある程度意識していたろう。

 

ちなみに……

細かく比較するのは果たして、と思うが、気になった点として……

『幽霊男』で中盤から登場する金田一耕助はホテルのボーイに変装していたが、『ファントマ』にも、探偵・ジューヴ警部もホテルの従業員に化けて潜入するシーンがある。

『幽霊男』では事件真っ只中に、幽霊男をモチーフにした舞台が公演され惨劇の場となるが、『ファントマ』第一作では、一連の事件がファントマの逮捕によって解決した後、事件をモチーフにした舞台が公演され、それが結末に待ち受ける大どんでん返しに大きく関わる。

 

以上、思ったことをダラダラとではあるが書き連ねてみた。読書会では様々な意見・感想が飛び交い、本作の奥深さ面白さを改めて再確認した。そう『幽霊男』は奥が深い。その真の正体を見極めきれるまで、その顔の包帯は未だ解けきれていない。

 

参考文献

横溝正史『幽霊男』(角川文庫)

横溝正史ミステリ短篇コレクション4 誘蛾燈』(柏書房)

『定本久生十蘭全集』第11巻(国書刊行会)

ファントマ』(赤塚敬子訳)(風濤社)

赤塚敬子『ファントマ 悪党的想像力』(風濤社)