康綺堂の本読み備忘録

読んだ本の感想や探偵小説の考察等のブログです。

「犬神」を巡る2人の作家

全3回の最終回。

●作者の側から

横溝正史犬神家の一族』が発表されたのは
雑誌「キング」において。昭和25年新年号~昭和26年5月号連載。
夢野久作『犬神博士』は「福岡日日新聞」(夕刊)において。昭和6年9月23日号~昭和7年1月26日号連載。
言うまでもなく『犬神博士』は戦前、『犬神家の一族』は戦後の作品ということになる。

ここで思い浮かぶのは「横溝正史は『犬神家の一族』を執筆するにあたって、夢野久作『犬神博士』を意識していたのか?」という疑問だ。

実を言うと「非常に微妙なライン」である。
自分で提示しておきながら言うのもナニだが
結論からいうと「否定は出来ない」のである。

『真説 金田一耕助』などのエッセイによると
犬神家の一族』は、執筆にあたり依頼主である「キング」編集部から『獄門島』のような「見立て殺人」ものを、というオファーがあったという。
「複雑な家庭環境・人間関係」「奇妙な遺言状が書かれた真相」「家宝に見立てた連続殺人」があくまで主題であって、詰め込みすぎると当然、小説の筋が脱線しかねない。

また同じく『真説 金田一耕助』収録の「「犬神家の一族」の思い出」には、連載予告が掲載された際に江戸川乱歩から
「ぼく犬神だの蛇神だの大嫌いだ」と言われ、それに対して「犬神も蛇神も出て」こないが平凡な名前より「鬼面ひとを嚇(おど)か」そうと「犬神」の名を冠したと答えたというエピソードが記されている。(角川文庫版29~30ページ)
「佐兵衛と二瓶」の項で述べたように、
犬神佐兵衛と大神二瓶、2人に共通項は存在するが、ストーリー全般から推察するに
「重要人物の造形には多少影響しただろうがストーリー構成とはまた別」ということになろう。

横溝正史自身の「犬神伝承」についての認知は、これまた推察ではあるが、
江戸時代を舞台にした時代小説を執筆していた関係上、資料を収集していた際に、ある程度は知っていたのではないだろうか。


では横溝は『犬神家の一族』を執筆するまでに『犬神博士』を読む機会があったのか。
これも結論からいえば「否定は出来ない」のである。

世田谷文学館の資料目録「世田谷文学館資料目録1 横溝正史旧蔵資料」(2004年刊)によると
「戦前」(ざっくばらんにいえば「キング」誌に『犬神家の一族』の連載が開始される直前まで)に刊行された夢野久作の著作のうち所蔵があるのは

『少女地獄』(黒白書房刊)
『暗黒公使』(新潮社刊)
ドグラ・マグラ』(松柏館書店刊)

の三点だけである。
蔵書の面だけから見れば可能性はゼロと言わざるを得ない。

ただし「所蔵はしていなくても何かの機会に読んだことはある」という点では可能性はゼロとは言い切れない。

地方新聞での発表であった『犬神博士』は
夢野久作没後の昭和11年、黒白書房版『夢野久作全集』第6巻に収録された。
この黒白書房版全集は残念ながら3冊出しただけで未完に終わったが、『犬神博士』という作品が
全国の広い範囲の読者に読まれるキッカケにもなった。
そう、一応、読むことができる「機会」は存在したといえる。


夢野久作が亡くなったのは昭和11年3月11日。
当然ながら、戦後の横溝正史の活躍を知らない。
夢野久作横溝正史は生前、直接会う機会はなかったようである。(今後の資料発見と研究次第では覆る可能性はあるかもしれないが)
両者が自身の作品……『犬神博士』と『犬神家の一族』……について対談する光景を想像するのは、
想像とはいえ、いささか夢想が過ぎるだろうか。


さて三回にわたって考えを述べてきた。
情けない話だが、自分でも何を書いているのか
結果的に何を述べてたいのかわからなくなってきた。
ここで一旦幕を閉じ、更なる研究に取り組みたいと思う。

(をはり)



※主な参考文献
横溝正史『真説 金田一耕助』(角川文庫)
小林信彦編『横溝正史読本』(角川文庫)
金田一耕助自由研究」Vol3 (神保町横溝倶楽部)
世田谷文学館資料目録1 横溝正史旧蔵資料』(世田谷文学館)
西原和海編『夢野久作の世界』(平河出版)
『定本夢野久作全集』第2巻解説(国書刊行会)
その他多数