初出誌と現行版の『女王蜂』
※※※横溝正史『女王蜂』の終盤、真相部分に触れています※※※
今年になって、雑誌「キング」の横溝正史『女王蜂』最終回掲載号を手に入れることが出来た。昭和27年5月号、表紙の青空に舞う鯉のぼりが季節を感じさせる。
『女王蜂』は私の偏愛横溝正史作品の一つで、絶世の美女を巡る因果と連続殺人、19年前の事件と現在の事件のリンク、全体を覆うロマンには再読する度に魅了される。最終回掲載号を購入した理由は「最後の一文」を初出誌で読みたかったからだ。
「今日の太陽は沈んでも、明日はまた、若々しい太陽が、新しい生命をもっていきいきと昇るであろうことを。」
(角川文庫版『女王蜂』昭和48年10月20日発行463ページより)
惨劇の後、残された人々の再起と未来への希望を予感させるこの結びの一文は、中学時代に出会ってからずっと私の心の支えになってきた言葉である。初出誌では挿絵付きだろうか……とわくわくしながらページを開いたが…………ないのである。あの結びの一文が、初出誌にはないのである。ページを遡ってみると、現行の角川文庫版でいう『大団円』の章がまるまる無いのである。島に残った大道寺智子と金田一耕助のやり取りもない。神尾秀子が大道寺欣造と自らを撃った場面、そこから加納弁護士事務所に場面が飛び、金田一耕助が加納弁護士に事件の真相を語るシーンとなっている。
連載終了後の昭和27年9月に刊行された『女王蜂』の初刊本を確認するとお馴染みの現在の形になっていた。
最後の一文を含めた最終盤のあれやこれやの場面は、初刊本刊行時に加筆修正されたものだった……驚きだった。横溝正史は加筆修正を度々行う作家だったが、『女王蜂』にも大幅な加筆修正があったとは……感激した。
感激しながら初出誌を読み進めているとさらに驚きが。
前述の神尾秀子が大道寺欣造を撃ち、自らもピストルで自殺するシーン。ここでは
「神尾先生、何をする!」
金田一耕助が叫んだのと、
「あっいけない。」
と、智子が二、三歩まえへ走り出たのとほとんど同時だった
「智子さま、堪忍して……」
また、二、三発編物袋が火をふいて、神尾秀子は骨を抜かれたように、くたくたと床のうえに倒れていった。
(角川文庫版『女王蜂』昭和48年10月20日発行412~413ページ)
と金田一耕助と大道寺智子、神尾秀子の三人のやり取りになっているのだが初出では
「神尾先生!何をする!」
金田一耕助が叫んだのと
「あつ、いけない!智子さま、堪忍して!」
と、神尾秀子が絶叫したのと、ほとんど同時だつた。
(「キング」昭和27年5月号より)
と大道寺智子の台詞が神尾秀子の台詞にまとめられて、いや、逆だ。神尾秀子の台詞が大道寺智子の台詞と分割されているのである。
さらに言えば初刊本では前述の大道寺智子の台詞も
「あっいけない。」
と、秀子が二三歩まえへ走り出たのとほとんど同時だった。
(『女王蜂』昭和27年9月30日発行299ページ)
とこれも秀子の台詞になっているのである。
探せばさらに変更点が見つかるだろう。
気になり始めるとキリがないもので、「他の『女王蜂』掲載号では大きな異同はないのだろうか」「雑誌だけでなく初刊本から角川文庫版までの間に刊行された『女王蜂』ではどうなっているだろう?」……と疑問がどんどん湧いてきた。
新しい研究テーマ誕生の瞬間である。
現在、国会図書館と日本近代文学館から「キング」の『女王蜂』掲載ページのコピーを取り寄せて比較研究中、今後調査を進めて結果をこのブログや「推察ノート」でお知らせしたいと思っている。
謎とロマンは、大団円の後も続く。
参考文献
「キング」昭和27年5月号(大日本雄弁講談社)
横溝正史『女王蜂』昭和27年9月30日発行(同上。『傑作長篇小説全集』の第14巻として刊行)